2023年2月28日火曜日

20250228-昔話

昔話
錆刀水霧

 かつては葛木も都だったと言う。
 移り移りて都は北の地にあるが、一族は山から離れる事が出来ずに葛木の地に在る。
 都が移るのは人の気が集まる事で災いを呼ぶからで、平安の都も長くあるから鬼の話が増えている。
 鬼は陰陽師や武士達が退治して武勇伝とするが、間の悪い時というのは必ずあるものだ。今の都には三年も退治されずに都の夜を騒がせる鬼が在るという。
 威信が落ちたのではないかと世間が噂する事に困り、朝廷は役行者の子孫に鬼退治を命じた。役行者は前鬼と後鬼を使役したと伝えられ、鬼退治には適役だと思われているからだろう。

 当代の役行者は役小角奈という少女である。
 修験者として山々を歩いてはいるが、神域が女人禁制故に本格的な修行は行えていない。それでも当代の役行者に据えられたのは、直系の血筋と霊力の強さがあっての事だった。
 一族の歴史の中で女が役行者の名を継いだ事はない。兄達の能力に不足はないが、妾腹の彼らは継承順位が低く抑えられてしまった。
 先代である父が存命であれば、継承者は別の者になったに違いない。だが、不慮の事故で亡くなってしまった。
 自分が選ばれたのは、一族に従順で大人しい事が理由なのだろうと小角奈は思った。

 朝廷からの使者に応じたのは長老達だった。彼らは小角奈の三人の兄を都に向かわせる約束をして使者を帰らせた。
 兄達は一族最強であり、彼らが退治に失敗すれば一族で鬼に適う者は居ない。三年もサバれ続けている鬼だから、長老達が三人を選んだのは当然と言える。
 だが、三人が亡くなれば燻り続けている継承問題が解決するという安易な考えがある様にも感じられる。
 当代であっても幼い小角奈には反論しても聞き流されるだろう。小角奈に出来るのは兄達が無事に帰ってくるのを祈るだけだった。

 小角奈は兄の三郎の元へと行った。
「小角奈か。どうした」
 三郎兄は二つ上で、小角奈と一番中が良い。
「鬼の成敗に向かうと聞きましたので」
「だからどうした。今生の別れの様な顔をしているじゃないか」
 兄を元気づけ様と思って来たのに、逆に心配されているのでは本末転倒だった。小角奈はは両手の平で頬をぴしゃぴしゃと叩いた。
 その光景を見た三郎兄が笑った。小角奈の幼さが面白かったのだろうと思うが、何であれ笑って貰えた事に安心した。
「申し訳ありません。兄上達が鬼などに負ける筈が御座いません」
「そうだ。今の都に強い者達がおらんだけの話だ。役行者の子孫として当たり前に努めを果たしてくる。それだけの話だ」
「早く済ませて小角奈に都の土産話をお聞かせ下さい」
「そうせっつくな。出立もしておらんのに土産話もないわ」
 三郎兄は小角奈を抱き寄せると、優しく頭を撫でた。山で鍛えられている兄の身体は厚い。女の自分の様な柔らかさは何処にも存在していない。この兄であれば鬼などに負ける筈がない。
 顔を上げると間近に三郎兄の目があった。
 安心したのか身体の力が抜け、小角奈は三郎兄の肩に自分の顎を乗せた。

 翌朝、三人の兄達は都に出立した。
 その後の連絡は途絶えていたが、しばらくして頼光四天王が鬼を討ち取ったという話が流れてきた。
 兄達は帰って来なかった。
 長老達の胸の内は分からない。鬼が討ち取られて都は安寧が訪れ、兄達が帰らぬ事で一族に安寧が訪れた。
 小角奈が子を孕んでいた。生まれたのは男の子で、小角奈の次の役行者になるだろう。
 父親は三郎兄だった。跡継ぎを得た事で、一族は三郎兄が役目を果たしたと褒めていた。
 小角奈には三郎兄が戻らずに寂しい気持ちがある。しかし、三郎兄は他の兄達と一族の務めを果たしたのだから仕方がない。
 悲しかろうが小角奈は子の世話をして、一族が続いていく為の務めを果たすしかない。
 いずれ小角奈も死ぬ。その時には常世で三郎兄に会えるだろう。起きているのは当たり前の流れで、個々の事象が早く起きたかどうかの話でしかない。
 人がどう足掻いた所で大きな流れは変えられないのだ。

 それから千二百年が過ぎ、小角奈の名を持つ少女が一族の歴史を学んでいた。
「ちゃうやろ! 足掻けや! 運命に抗えや!」
 暴れ馬の様に自由な第六十三代役行者である小角奈には、先祖の小角奈のしおらしさがムカつくだけだった。

二〇二三年一月十三日 初稿